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チェルノブイリが生んだ町

要約

30年前にチェルノブイリ原子力発電所で起きた爆発事故を受け、近くにあったプリピャチの町は破壊され、住民5万人は避難を余儀なくされた。3年後、立ち入り禁止区域の外にある森を切り開いて町が造られ、除染などの作業員が住むようになった。そのスラブチッチの町は、チェルノブイリでさまざまな作業が進められ、巨大なアーチ型シェルターが完成に近づくなか、栄えている。写真家のジョン・ウェンドル氏はこの町に数日滞在し、原発事故で誕生した町での暮らしを記録した。

疑問

チェルノブイリのことは日本も他人事ではない。日本にはこのような街は形成されないのか。また、既にないのか。

考え

日本での福島では原発事故以降海外では何十年も住めないや、もう二度と住めないなど言われている。その事故のおかげで機械産業が活発になっているのも事実である。原子炉内への無人偵察機などが日本国内だけでなく海外でも開発が進んでいる。同じようにこの記事での街も原発事故によって支えられている。もし、チェルノブイリの事故が片付いてしまうとこの街の人々はどうなるのか…。
戦争を起点として機会産業が進んだのと同じく皮肉なものである。